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2009-07
何のために、、、
- 2009-07-24 (金)
- 日々の出来事
家を造るのか。

それを一生掛けて問いながら答えを見出していくのが設計者の宿命なのかも知れないが、ある意味傍で見ている者としては何処までも答えのない世界をひたすら帆を上げて進みつづける小舟の如く、生涯を設計という着く島のない外洋に向けてひたすら舳先を沖へ、沖へと進みつづけることしか赦されていないようで、山川を見ていると時々辛くなる。
そうまでして自分を鼓舞しつづけなければならないのかと思うくらい一瞬たりとも安住の場所を自らに与えない。
一緒に仕事をし始めた頃はもう10年も前に遡ることになったものの、これまでの10年間において何処まで行っても満足をし尽くしたという姿を見たことはない。
その精神力と目標の設定の高さにはいつも頭が下がる思いがする。
まあ、所員があまり優秀でないものだから自分を叱咤激励して生きて行くのが習慣になってしまったと言えば元も子もない話なのだが。
昨日こんなことがあった。
水曜日にふらりとお越しになられた方がいらして対応方をわたくしがさせていただいたのだが、遥か遠方の地からのお越しであったので甚だ恐縮してしまい、その熱心さに感謝しつつ何とかお力になれないものかと思った。何とも奥ゆかしいお気持ちをお持ちの方々であって、大奥様と娘さんというお二人であった。
いわゆるご経営者の方であられることはすぐに察しはついたものの、ものすごく山川の設計に愛着をお持ちだったのと木曜日も東京にいらっしゃるということだったので、その日不在の山川に翌日会っていただいて直接にお話などしていただこうと感じたので、二日つづけてのご足労をお願いしたのだった。

あまりにご熱心な設計に対する熱意とお人柄にほだされて、せめてお会いしていただく機会などを設定させていただくことぐらいしか自分には出来ないことだったのだが、何かそうしなければいけないという念にも駆られていた。
遠方からわざわざお尋ねいただいたことは大変ありがたいことであったし、わたくしがご説明を差し上げた山川の設計や家造りに対する理念に著しい共感とご理解と尊敬を示してくれたことを直接山川の耳にも聞かせてあげたかったからだった。
いつも厳しく事業を律している代表にも、偶にはご褒美として賞賛の言葉などもいただければどんなにか普段の苦労も癒されるのではないかと考えたのと、出来れば、そうまでしてお越しいただいた方にわたくしとしても山川にプランを考えてもらいたかったからだ。
そして昨日の面談が整ったのだった。
やはり勘の鋭い山川なので一瞬にして相手方の誠意を読み取ってしまって、それからの山川の話は聴く者のこころの急所を捉えて離さなかった。
大奥様は感動されて涙を何回も拭われていらっしゃった。
不覚にもわたくしも涙を禁じえなかった。
世界でただひとつの、あなたのために造る住宅は、設計者以上にも、お施主様以上のものにもならないということ。
ある高名な施主様に山川が放ったという言葉が印象的だった。
その方の家の設計はコンペ形式で選択が行われたらしく、多くの設計者は甚だ大きなプランと費用をかける形のものを提案されたらしい。
その中で山川だけが一番小さな、しかも平屋でのプランを提出したらしい。
「何故、山川さんは、このような規模の内容のものをお持ちになられたのか」と施主は質問されたらしく。
その応えの中に山川の思想が宿っている。
「あなたの家は、あなたのお姿を映し出します。それはあなたのお考えであったり、家族に対する愛情であったり、美意識であったりします」
「これみよがしな大きな家は必要ありません」
「居間の壁に飾られるべきものは高名な画家が描いた絵画ではなく、あなたのご家族の成長の写真が小さな額にいっぱい飾られるべきでしょう」
「そういう家が、わたしにはあなた様の家として映ったということなのです」
「あなたの家はそういう温かいお人柄が表れた家であって、大きさや、富の象徴としてのものではないと思ってわたしは設計したのです」
現在の日本経済界のひとりのリーダーの方のお顔などがわたくしにも浮かんで参りました。
そして、その高名な方にお会いしたこともございませんが、山川の説明とそこに示された模型を見ているとふつふつとしたその方のお人柄がそこには現れているようでした。
お二方にも十分に真意は伝わったようです。
並み居る設計者の中から山川のプランが採用されたのは少し前のことでした。
「何のために設計を入れていくのか」
「毎回、毎回、設計者は不安なんですよ」
お二人とも山川の言葉に驚いていらっしゃいました。
わたくしなども、また。
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